14世紀末にロワールのほとりに建てられたシュリー城は、現在ユネスコ世界遺産に登録されているロワール河岸一帯の中で、東の入り口にあたります。1928年に歴史的建造物に指定されたこの中世城塞は、水を湛えた広いお濠、重量感ある天守閣、円錐形屋根の高い塔によって、独特の威厳を保ち続けています。
シュリー・シュル・ロワール城では“墓所”と呼ばれる部屋(シュリー公と公爵夫人の遺骨)、中世(14世紀)に起源を持つ2つの大広間(家族13人の肖像画など)、王の寝室、プシュケのタピスリーを展示している18世紀の居室など見逃せない展示室が沢山あります。
14世紀も終わりかけの頃、シュリーの新たな領主となったラ・トレモイーユ家がロワール河の往来の安全を守るため、建築家レイモン・デュ・タンプルに依頼して塔を建てさせました。この塔は現在も城の基礎部分を成しています。 1602年、ロズニー侯爵でアンリ4世の宰相を務めたマキシミリアン・ド・ベチュヌがシュリーの領主権を買い取りました。彼は当城の歴史上もっとも偉大な城主となります。
シュリー城がある地点はソローニュ地方とベリー地方の間の交易要所であったことから城の建築が促されたとみられるものの、築城時期がいつまで遡れるのかは定かでありません。シュリーの地に確実に城があったと解るのは紀元後1000年のことです。しかしそこでも知られざる部分があります。配置や、正確な場所については解明されていません。
1962年にロワレ県が取得したシュリー・シュル・ロワール城は、その後徐々に、歴代シュリー公の居城だった頃の威光を取り戻してきました。1962年から続けられている大規模な工事作業は、2006-07年になって新たな見学ゾーンの設置(財務官執務室、プシュケのタピスリーがある「プシュケの部屋」)と、娯楽のための場所を新設するために進められました。一連の工事は調度の入れ替えを重点的になされましたが、それはこの場所に歴史的な連続性を与えるためでした。中世の部分(天守閣の低部居室)から17世紀部分(貴賓室)、18世紀部分(王の居室、プシュケの部屋)を通って、19世紀部分(小城)へと続くように。
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